ものを大切にする
長年、ランドセルを卸している方から聞いた話です。「ランドセルの修理で店に来られ、ものを見ればその方がどんな人かわかります。」ものがあふれている豊かなことは有難いことで、私が子どもだった頃に戻りたいとは思いません。思いがけぬ雨になれば近くのコンビニエンスストアで傘を買い求めることができますし、不織布のマスクには毎日お世話になっています。使い捨ての便利な時代で私たちは豊かさを享受していますが、学校ではものを大切にすることを教えています。
学校には落とし物が届いてきます。グラウンドに転がったボール、教室の床に転がった消しゴムを持ち主は取りに来ないところをみると、困っていないのでしょう。防寒用の手袋をなくす子どもがいます。明日の朝困るだろうにと言えば、「家に別の手袋があるから大丈夫。」と言います。「まあ、なんとかなる」と思っています。親御さんから、「家で探してみたのですが見つからず、学校でも探してもらえませんか。」と言われることがあります。私が担任をしていたときは、子どもと一緒に探しませんでした。本人の不注意でなくしたものであれば、本人に探させました。まあ、なんとかなると思っている子どもですから、自分でなんとかするのがよいのです。それよりも大事なことがあります。忘れ物をする、あるいは、ものをなくす子どもは、心をなくしている子どもです。大人並みの忙しい生活を送る子どもは、忘れ物をしがちです。時間にゆとりを持たせれば直ります。忘れ物をせず、ものをなくさない子どもは、生活時間にゆとりがあり、落ち着いています。
ものをなくさない子どもは整理整頓が上手です。ものを大切にすることの表れが整理整頓で、何がどこにあるかわかって取り出し、使ったものを収めることができます。ですから、ものをなくしてしまう子どもには、一緒に探すのではなく、整理整頓を教えます。忘れ物やものをなくす子どもの机の横には大きなバッグが1つか2つ掛かり、ものがあふれています。不用のものは持ち帰り、バッグは1つにしてものを減らします。机の上に準備した教科書やノートは端をそろえ、使った鉛筆と消しゴムは授業の終わりに収めさせます。「使ったら……収める」 を合言葉に、はじめは、やらされる学習ですが、続けていけば教科書はすぐに開けるし、消しゴムはなくならないので、整理整頓の良さや心地良さを感じます。人は、良いことがあればやるものです。机の整理整頓の良い習慣が身につけば、なくしがちの赤白帽は使ったらすぐに収めます。一つの良い習慣はもう一つの良い習慣を生み、これがていねいのしつけです。
ものをなくさない指導はものを大切にすることにつながります。ものをなくさないということは、要するにものをていねいに扱うということです。自分のものをていねいに扱えば、みんなで使うものや人のものもていねいに扱います。ものに愛着を持ち、それを使う技を身につけます。使い捨てではない「良いものを見る目」も養います。親御さんに買っていただいたものと敬う心につながります。つまり、ものを大切にするとは、人を大切にすることです。礼儀や所作につながれば、人としての品格を培うことになるのです。