「私、死ぬかも」どん底から立ち直った過去。今は、子育て中の母親が笑顔になる場所をつくる
広島市西区在住の上野陽子さん(51)は、自宅やオンラインで「小さなパン教室アンファミーユ」を開く。手ごねパン研究所の主宰として、こね作業が楽なパンや、「タッパーに材料を入れてくるくる混ぜるだけで簡単」という『おうちパン』の作り方を教えている。
上野さん自身、教室を立ち上げた今も別のパン教室に通う生徒だ。アンファミーユは、「初めて作る人や子育て中のお母さんの息抜きになるような場所にしたい」と話す。上野さんが、そんな思いを抱くのには理由がある。
息子の受験日を忘れるほど、忙しかった毎日
大学生の娘と高校生の息子は、幼いころ食物アレルギーがあった。上野さんは仕事をしながら子どもの食事に気を使う毎日。夫は単身赴任で、実家は遠方。日々の子育ての責任は上野さん一人が背負った。
息子が1歳のとき入院。親の付き添いが必要で、上野さんは十年以上勤めた会社を辞めた。
二年後、小学校の非常勤講師で社会復帰。「とても忙しかった」と言うが、児童の成長をそばで見守る仕事にやりがいを感じたそう。担任を受け持つと、上野さんは「どんなに体調が悪くても、私を待つ児童がいる」と、仕事優先の生活になった。「ある朝、息子に「早く学校行きなさい」と言ったら、「ママ、僕、きょう受験」と言われたんです。あまりの忙しさに、息子の中学受験の日を忘れてて」。反抗期を迎えた娘と息子は、次第に上野さんと口を利かなくなった。
慌ただしい毎日を送っていたとき、上野さんの体に変化が起きる。半月以上、発熱が続くようになった。時には、40度近い熱が出ることも。さらには、悪性腫瘍の疑いもあり体は悲鳴を上げた。医師から「仕事を辞めないといけない」と強く勧められた。
子どもを見ながら仕事する働き方に衝撃
退職後も、体は元には戻らなかった。思うように動くことができず精神的に追い詰められ、家から一歩も出ない日々。「ベットに横になったまま、私、このまま死ぬかもと思いました」。上野さんは涙を浮かべて辛い過去を振り返った。
半年ほど経ったころ、友人から「手作りが得意だよね。パンでも作ってみたら」と言われ、近所のパン教室に足を運んだ。そこは、先生が自宅に生徒を招き、おうちパンの作り方を教える教室。すぐそばのリビングでは幼い子どもが遊んでいた。
「我が子を見ながら、こんなに穏やかに仕事ができるなんて」。子どもを同席させて仕事する姿に衝撃を受けた上野さん。参加した女性たちがパンを作りながら子育ての悩みを相談する様子に「孤独なお母さんたちの居場所にもなっている」と感動した。
自身の経験を振り返り「お母さんたちみんなを笑顔に」
誰にも助けを求めることができず孤独と戦った上野さんの子育て。仕事に没頭し、娘と息子の心は離れ、体を壊した。「あのパン教室のように、子どもとの時間を大切にしながら働けていたら」と思うと、今でも胸が痛くなる。子育てと仕事の毎日で余裕のなかった自分の経験を振り返り、「一人で悩みを抱えてしまうお母さんたちを笑顔にする場所を作りたい」と、アンファミーユを開いた。
上野さんの教室の手ごねパンは、生地のふわふわな感触に癒され幸せな気持ちになるという。「おうちパンは簡単に作ることができて、忙しくても手作りを食べさせたいという人にぴったり」とほほ笑む。
参加者と一緒に、パンを作りながらいろいろな話をする。大人同士の会話が子育ての気分転換になり、前向きな気持ちにつながる。人と触れ合うことで、上野さんの心と体も「今はもうすっかり元気になりました」。作ったパンは育ち盛りの息子がよく食べるという。
子育て、仕事、自分自身の心地よいバランスを取るために必要な息抜き。そんな“お母さんの居場所“を、パンと一緒に作っていく。
小さなパン教室アンファミーユ | 教室の情報はインスタグラムで配信 インスタID:enfamille45 |